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昔むかし、この里に「よそ八」という若者が「かか様」(母)と住んでいました。 ある年の春、かか様はちょっとした風邪がもとで寝込んでしまいました。なんといっても寄る年波なので、 起きて出る元気もなかったのです。
よそ八は魚の好きなかか様に食わせてやりたいとイワナをとりに行きました。
どうしたのやら、その日に限ってちっとも釣れないので、我を忘れてどんどん奥へわけいってしまいました。宇津江の山奥には大沼があって大蛇がいるという話でした。よそ八は知らないうちに、とうとうその沼に来てしまいました。 沼は鏡のように静まり返っていました。釣り糸をたれると一尺(30cm)もあるイワナが面白いほど釣れたのです。 ひょっと見ると、沼のふちの栗の木に大蛇が巻きついてランランと光る目で見ているので、びっくりして一目散に家へ逃げ帰りましたが、 大蛇の妖気に打たれて高い熱を出して寝込んでしまいました。
その夜、美しい旅の娘が訪ねてきて親切に看病してくれました。数十日後、すっかり元気になったよそ八の夢に娘が現れ、
「私は大沼に住む大蛇です。海に千年、山に千年の修行が終わったので、天に昇らなければなりません。親孝行のあなたを
助けてあげようと私の血をしぼって飲ませました。今の私は嵐を呼ぶ力も、天に昇る気力もなくなってしまいました。」
と告げ、二度と戻ってきませんでした。話を聞いた偉い行者が「よし、わしがその大蛇を救って進ぜよう」と断食して不動明王に願掛けして祈祷を始めました。 ・・・そして満願の二十一日目・・・天にわかにかき曇り稲妻が光り、雷鳴するどく大嵐となり、風を呼び雲を起こした大蛇は 龍になって天へ昇って行きました。
翌日行ってみると渓はごつごつの岩肌が出て大小数十段の滝ができてキラキラと輝いていました。そして大沼はすっかり干上がって、栗の木は根元から枝先までねじれてしまっていたのです。 後年、諸国修行の途上立ち寄った弘法大師が「その行者は不動尊の化身であり、よそ八(四十八)とは仏法四十八願を意味するものであろう。」 と言われ、以後この滝を四十八滝と呼ぶようになったと言うことです。 また四十八滝は不浄を忌み、不浄なことをすると必ず大夕立となり、昔より水乞いのとしても有名で各種の文献に史実が残されています。 |